小松原織香 Orika Komatsubara

Orika Komatsubara
小松原 織香


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ジェンダー・環境・修復的正義

(illustrated by Jakuchu Ito)
大阪公立大学客員研究員。2010年、博士前期課程に入学して以来、一貫して修復的司法の研究を行なってきました。私の主な関心は、戦争、犯罪、災害などのサバイバー(生き延びた人々)の〈その後〉です。サバイバーは心に深い傷を負いながらも、独自の哲学を展開することがあります。私はその人たちの思想的展開やアートの営みに注目をしています。
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修復的正義って何?

修復的正義について
修復的正義とは、1970年代から欧米諸国を中心に広まった新しい紛争解決のアプローチです。従来の司法制度が、国家権力を背景にして加害者を処罰することにより犯罪の問題を解決しようとするのに対して、修復的正義では被害者・加害者を中心とした、コミュニティ内での対話による紛争解決を目指します。
日本における研究と実践
初期の修復的正義の研究は、法学者を中心とした輸入学問としてスタートしました。日本においても、少年院の司法教官や保護観察官が主導する加害者の謝罪の試み、ボランティアによる被害者・加害者の対話の実践等が小規模ながら行われてきました。近年は教育や福祉の現場での導入も試験的に実施されています。

環境問題における修復的正義の研究
環境問題では、人間だけではなく動植物や海や山などの自然環境も破壊され、損傷されます。また、地域で暮らす人々のコミュニティも分断されます。気候変動などの大規模な環境問題は、各国の利害関係の垣根を越えて、諸外国が協力して取り組む必要があります。こうした問題では修復的正義が力を発揮することでしょう。また、環境問題における修復的正義では、アートの力にも注目が集まっています。それまでの地域にあった、動植物との豊かな関係や儀礼・文化を再び語り、故郷喪失の悲しみを表現するアートも、修復的正義の実践になり得ます。詩や絵画、歌やダンスなど、さまざまな実践の可能性があります。

私は、環境問題における修復的正義のフレームワークを構築するため、その基礎研究として水俣地域における環境活動の継時的研究を行なっています。1956年に水俣病患者が公式に確認され、1969年に始まった第一次訴訟を皮切りに水俣では激しい法廷闘争が展開されてきました。それと同時に、水俣地域にはアーティストや若者たちが住みはじめ、草の根の環境活動を開始しました。私は、これらの水俣病の運動史を再検討し、環境破壊後の地域コミュニティの〈分断〉と〈再構築の可能性〉を探究しています。
性暴力事例における修復的正義の研究
性暴力被害者は、裁判で闘うことが非常に難しい状況に置かれています。多くの場合、目撃証言や物的証拠が十分にありません。また、加害者が知人であるために周囲に言い出せないこともあります。さらに被害の心理的衝撃は大きく、被害者が被害届を出せなかったり、裁判で証言をすることをためらったりすることも少なくありません。警察、検察、加害者弁護人等からの二次加害も起きやすくなっています。このことは日本に限りません。刑事司法改革が進んだ欧米諸国でも、警察に被害届を出した被害者は1割以下です。

「裁判」か「沈黙」かの二者択一の現況の改善を求めて、私は修復的正義の研究をしています。被害者のニーズは多岐にわたり、なかには「加害者に、なぜ、あんなことをしたのか聞きたい」と切実に願う被害者もいます。そこで、綿密なプログラムを熟練したファシリテーターが用いて、慎重に性暴力被害者と加害者が対話する実践が、ヨーロッパを中心に行われています。私はこれらの事例を紹介しながら、性暴力の〈その後〉を生きる被害者のさまざまな姿を描き出したいと考えています。
著者 小松原織香
タイトル
『当事者は嘘をつく』
出版社 筑摩書房
出版年
2022年
メディア 
「生き延びるための物語 哲学研究者・小松原織香」(NHK『こころの時代』2023年1月29日) 
メディア 
「生き延びるための物語 哲学研究者・小松原織香」(NHK『こころの時代』2023年1月29日) 
著者 小松原織香
タイトル 『性暴力と修復的司法』
出版社 成文堂
出版年 2017年
受賞
ジェンダー法学会
西尾学術賞受賞(2018年)
受賞
ジェンダー法学会
西尾学術賞受賞(2018年)

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